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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)169号 判決 1972年11月28日

東京都保谷市泉町五丁目一三番一九号

原告

岩崎忠右衛門

右訴訟代理人弁護士

山本嘉盛

樋渡洋三

同郡武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号

被告

武蔵野税務署長

上滝益雄

右指定代理人

森脇勝

日隈永展

浅尾猪一郎

稲永封吉

右当事者間の課税処分の無効確認請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

被告が昭和四一年七月二九日付で原告に対してした原告の昭和三九年分所得税に関する更正処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は昭和四〇年二月一七日被告に対し、昭和三九年分の所得税につき、所得金額を七九六六〇円、所得税額を〇円とする確定申告をし、その後、昭和四一年三月八日所得金額を八一六、六九九円、所得税額を七五、〇〇〇円、過少申告加算税額を三、七五〇円とする修正申告をした。これに対し、被告は同年七月二九日付で所得金額を七、四五〇、〇五七円、所得税額を二、七五三、八五〇円とする更正処分をした(以下、本件更正処分という。)。原告は右処分に対し異議申立てをしたが、同年二月八日付で棄却され、さらに審査請求をしたが、同年一二月二〇日付で棄却された。

(二)  本件更正処分は次に述べる理由により無効である。

(1) 原告は農業を営んでいるものであるが、昭和三九年中に次表のとおりその所有にかかる宅地および畑合計四〇五坪三合二勺(以下、本件譲渡土地という。)を(旧)保谷町ほか五名に対し代金合計一五、一〇四、七〇〇円で売り渡した。

<省略>

(2) 本件更正処分においては、右(1)記載の売買代金合計一五、一〇四、七〇〇円から旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)一〇条の五第三項二号にもとづき計算した譲渡資産の取得価額三二、四二五円および譲渡に関する経費一八二、二〇〇円の合計二一四、六二五円を控除して計算した譲渡益一四、八九〇、〇七五円から、譲渡所得の特別控除額一五〇、〇〇〇円を控除した金額の一〇分の五に相当する七、三七〇、〇三七円か昭和三九年中の原告の譲渡所得の課税標準となる金額とされている。

(3) しかしながら、原告は、本件譲渡土地の買換えとして昭和三九年一一月二四日訴外鈴木繁男より東京都北多摩郡田無町字谷戸三、一六〇番の四(旧表示のまま)宅地四五坪(以下、本件買換土地という。)を代金一一、二五〇、〇〇〇円で買い受け、同年一二月一六日その所有権移転登記手続を経由した。そして、原告は、昭和三九年分所得税の確定申告書に租税特別措置法(昭和四〇年法律第三二号による改正前のもの、以下同じ。)三八条の六の規定による譲渡所得の課税の特例の適用を受ける旨およびその他所定の事項を記載して、提出した。

(4) 原告は、昭和四〇年一月以降本件買換土地を有料駐車場として使用し、同年一〇月末日ごろ建物の建築に着手した後は右土地のうち空地約三〇坪を有料駐車場として使用してきた。そして、自動車一台の一か月の使用料は、昭和四〇年度は三、〇〇〇円、昭和四一年度以降は四、〇〇〇円であり、昭和四〇年度の使用料収入は一八〇、〇〇〇円、昭和四一年度のそれは二四〇、〇〇〇円、昭和四二年度のそれは三〇〇、〇〇〇円、昭和四三年度のそれは一四四、〇〇〇円であつた。

右のとおり、原告は、租税特別措置法三八条の六第一項に定める期間内に本件買換土地を事業もしくは事業に準ずるものの用に供したものであるから、同条項の適用を認めるべきである。

(5)(ア) 事業用資産の買換えの場合の譲渡所得金額の計算の特例は、原則的には譲渡した年またはその翌年に買換資産を取得し、その取得の日から一年以内に右資産を事業または事業に準ずるものの用に供さなければならないことになつているが、買換土地上に建物を建築し、この建物を事業または事業に準ずるものの用に供しようとする場合、建物の建築工事が一年以上かかる場合があるが、その場合に前記特例を否定することは実情に合わないので、実務的には、買換土地上の建物の建築に着手した日から三年以内にその建築が完了し、これを事業の用に供することが確実と認められる場合には、その着手の日をもつて買換土地を事業等の用に供したものとして取り扱われている。

(イ) 原告は、昭和四〇年一〇月末日ごろ本件買換土地上に木造瓦葺平家建建物一棟、床面積一四坪の建築に着手し、昭和四二年六月末ごろ右建築を完成し、同年九月以降訴外立石武に対し賃料一か月三〇、〇〇〇円の割合で右建物を賃貸している。

したがつて、右(ア)に述べた実務上の取扱いからすれば、本件の場合にも租税特別措置法三八条の六の適用を認めるべきである。

(6) 原告は、建築請負人である訴外大下勉に建築設計図や工事見積書を作成させ、昭和四〇年一月より本件買換土地上の建物の建築に着手する予定であつたが、同月三日より発病し、佐々病院に入院して同年三月末ごろまで加療を続け、退院後も藤岡病院に通院し治療に専念していたため、右予定どおりに建築に着手することができなかつた。しかし、原告は、昭和四〇年一〇月一〇日には大下勉との間に店舗建築請負契約書を作成し、着工金を支払つた。

また、本件買換土地は低地のため土盛工事に約三か月を要した。以上の次第で建物の建築完成が昭和四二年六月末ごろになつてしまつたのであるが、このように遅延したのは実にやむをえない事情にもとづくものである。

したがつて、租税特別措置法三八条の六第一、三項の適用を認めるべきである。

(7) 以上(4)ないし(6)に述べたいずれの理由からみても、本件譲渡土地の譲渡所得については租税特別措置法三八条の六を適用すべきであり、現に、原告の前示確定申告の際、被告の係官において右適用のあることを是認して受理したような事実もあるのであつて、被告としては信義誠実の原則からも十分な調査をすべきであるにもかかわらず、被告はこれを怠り、同条を適用しないで本件更正処分をしたものである。したがつて、本件更正処分には重大かつ明白な瑕疵があり、無効といわなければならない。

(三)  よつて、本件更正処分が無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

請求原因(一)の事実は認める。同(二)の前文の主張は争う。同(二)の(1)ないし(3)の各事実は認める。同(二)の(4)の事実は否認する。仮に、原告が本件買換土地をいわゆる青空駐車場として使用していたとしても、それは空閑地を一時的に駐車場として使用したにすぎず、これをもつて事業または事業に準ずるものの用に供したものとは認められない。同(二)の(5)の(ア)の事実は認めるが、同(イ)の事実は否認する。同(二)の(6)の事実のうち、原告が昭和四〇年一月三日より同年三月末ごろまで佐々病院へ入院していたことは認めるが、同年一〇月一〇日に大下勉に着工金を支払つたことおよび本件買換土地上の建物建築の遅延がやむをえない事情にもとづくものであることは否認し、その余は知らない。租税特別措置法三八条の六第三項にいうやむをえない事情とは、建物の敷地の用に供するための宅地造成ならびに建物の建設および移転に要する期間が通常一年をこえると認められる場合を指し、病気入院はこれにあたらない。同(二)の(7)の主張は争う。

第三立証

一  原告

甲第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七号証の一ないし六、第八ないし第一六号証を提出。

証人立石武、同大下勉および同岩崎長作の各証言を援用。

乙第七号証、第八号証の一、二および第九号証の成立は知らないが、その余の乙号各証の成立は認める。

二  被告

乙第一号証の一、二、第二、三号証、第四、五号証の各一、二、第六、七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一一号証、第一二号証の一ないし四、第一三、一四号証を提出。

甲第三号証、第五号証、第六号証の一、二および第七号証の一ないし六の成立は知らないが、その余の甲号各証の成立は認める。

理由

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件更正処分に無効原因たる瑕疵があるかどうかについて判断する。

請求原因(二)の(1)ないし(3)の各事実は当事者間に争いがない。

まず、原告は、昭和四〇年一月以降本件買換土地を有料駐車場として使用した旨主張し、証人岩崎長作の証言中には、右主張に添う部分、すなわち、同人の経営していた大衆酒場の客の駐車場として昭和四〇年一月以降本件買換土地を使用し、その使用料は車一台につき一〇〇円(大型車の場合は二〇〇円)で一か月六、〇〇〇円ないし七、〇〇〇円の収入があつたか、その後月極めの客ができ、一台につき一か月三、〇〇〇円の使用料で三台ないし五台分の収入があつたとの部分がある。しかしながら、右証言は、岩崎長作経営の大衆酒場の客に対し有料の駐車場として本件買換土地を使用させたという点で(すなわち、右客に対するサービスとして無料で使用させたものではない点で)きわめて不自然であるのみならず、いずれも成立に争いがない乙第三号証、同第四、五号証の各一、二および同第六号証によれば、原告は昭和四〇年度については所得税の確定申告書を提出しておらず、昭和四一ないし四三年度については所得税の確定申告書を提出してはいるが、いずれも駐車場の収入を申告していないことが認められること、また、成立に争いがない乙第一号証の一、二によれば、原告は昭和四一年一二月一七日付で本件更正処分に対する審査請求の審理を担当していた東京国税局協議団本部第五部門へ疎明書と題する書面を提出しているが、そこには事業用資産として買い求めた本件買換土地上への建物の建築が原告の病気療養という事情のため遅延していたが、いよいよ本月より建築に取りかかるようになつたという趣旨のことが書いてあるのみで、本件買換土地を有料駐車場として使用し、すでに事業の用に供しているということについては何ら触れられていないことが認められることに照らし、たやすく信用することができない。また、甲第七号証の三ないし六は岩崎長作が本件買換土地上に自動車が駐車している状態を撮影した写真であることは証人岩崎長作の証言によりこれを認めることができるが、右証言中その撮影年月中が昭和四二年一一月二〇日であるとの部分は、成立に争いがない乙第一三、一四号証によれば、甲第七号証の三および六に写つている登録番号横浜五ふ九二三六の自動車は昭和四三年九月二六日に登録され、同年一〇月三日に横浜トヨペツト株式会社より有限会社日特機工製作所へ納車されたものであることが認められることに照らし、たやすく信用することができない。以上のとおり、原告が本件買換土地を昭和四〇年度中に有料駐車場として使用したとの事実は、証人岩崎長作の証言や甲第七号証の三ないし六によつては認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に、請求原因(二)の(5)の(ア)の事実は当事者間に争いがない。証人大下勉の証言により成立が認められる甲第三号証によれば、昭和四〇年一〇月一〇日原告と大下勉は工事請負契約書を作成していることが認められ、成立に争いがない甲第四号証および証人大下勉の証言により成立が認められる乙第七号証によれば、原告は大下勉に対し昭和四〇年一二月一〇日工事手付金として一〇万円を交付し、同日右両者間に工事請負契約書が作成されたことが認められる。しかしながら、証人大下勉の証言により成立が認められる乙第八号証の一、二および同証言によれば、原告と大下勉とは右認定のように工事請負契約を結んだが、いかなる種類の、また、いかなる規模の建物を建築するかということがなかなか決まらず、結局、本件買換土地上において建物の建築に着手したのは昭和四二年六月ごろであることが認められる。してみれば、請求原因(二)の(5)の(ア)の実務上の取扱いによつても、本件の場合には租税特別措置法三八条の六を適用すべき場合にはあたらないことが明らかである。

最後に、原告は、本件買換土地上への建物の建築が遅延したのはやむをえない事情にもとづくものであると主張するが、租税特別措置法三八条の六第三項にいうやむをえない事情とは、同法施行令(昭和四四年政令第八六号による改正前のもの)二五条の六第五号に定める工場等の敷地の用に供するための宅地の造成ならびに当該工場等の建設および移転に要する期間が通常一年をこえると認められる事情を指し、原告主張のような病気療養とか土盛工事に約三か月を要したという事情だけでは右やむをえない事情にはあたらないというべきである。

以上にみたとおり、原告が本件更正処分の無効原因として主張する瑕疵、すなわち租税特別措置法三八条の六を適用すべきであるのに適用しなかつたという瑕疵はこれを認めることができない(原告主張のように、本件確定申告の際、被告の係官において同条の適用があることを是認するごとき見解を示してこれを受理した事実が仮にあつたとしても、右受理の性質上からいつて、その後の被告の調査により、同条の適用を排斥して本件更正処分をすることは何ら差支えないことであることはいうまでもない。)から、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないことになる。

よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 牧山市治 裁判官 上田豊三)

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